TOP巻頭言集 第50号 悟弓巻頭言

第50号 悟弓巻頭言

飛・貫・中      師範 魚 住 一 郎


 弓道をはじめとする伝統的な日本武道は、心身を鍛錬することによって人格の高揚に資するものであります。
 
 尾張徳川藩に伝わる尾州竹林流の弓術は武用を専一とし、その射法は中っても矢走り無きは役に立たずといわれ、如何にして「飛・貫・中」を得る事が出来るかと云うことが至上命題であり、遠くへ矢を飛ばし、強い矢勢で目当物に的中することを目指し、射法・射技の研鑚はもとより弓具の改良もされ、厳しい心身の鍛錬が求められてきました。

 特に尾州竹林流の一門からは、藩の威信をかけて通し矢(堂射)の名手が輩出し一世を風靡したことは周知の事実であります。

 通し矢は京都三十三間堂の西外縁六十六間(約120m)のたるきと縁の空間を射通すもので、まず手先十五間(約27m)の小的を十分マスターした者のみが小口前(堂射の基礎となる巻藁を使った稽古で、一呼吸三本の割合で一時間に600本から720本を射込むことになっていたといわれ、幕末の藩士で弓の名手と云われた岡内木(こだち)範士(大正14年没)は寒稽古では毎朝朝食前に2,500本、三十日間で75,000本を射尽したと云われている)を許され、更に小口前に練達した者のみが芝矢前といって芝生の上で手先六十間(約108m)の直径五尺二寸(約1.57m)の大的を懸け、高さ二間半(約4.5m)の所に?に見立てた折りかけを設けた矢場で稽古を積んで堂に上がったとされています。

 射法は的前とは全く異なるもので、使用した差矢弓は的弓より四、五寸短い独特の剛弓が使われたと云う事です(京都三十三間堂の西外縁や名古屋市の徳川美術館に実物が展示されています)。

 星野勘左衛門が持ち時間(二十四時間)まで六時間の余裕を残して、総矢数10,242本のうち8,000本を射通し天下一になった話は有名であります。

 現在行なっている弓道は、ほとんどが28mの近的であり、遠的であっても60mであって、矢数も少なくてすみ、矢勢も飛距離もあまり問題になりませんが、弓で録を得ていたプロとは言え、その稽古の厳しさ、強靭な体力と精神力、射技の腕前の程は我々現代人には想像もつかないほどです。

 時代が異なり老若男女を問わず幅広く弓道を嗜む現代とは比較になりませんが、若さあふれる学生弓道にあっては、ほど良い強さの弓をうまく引いて的に中てることだけに満足しないで、弓道の原点である「飛・貫・中」を求め、厳しい稽古の中で体力と精神力を養い、強い弓を射こなす技を身につけて、遠くへ矢を飛ばし、強い矢勢で的中すると云う弓道の醍醐味を是非味わってほしいものです。


 今回で「悟弓」は、第50号を迎えます。半世紀の永きに亘り「悟弓」を愛し、継続していただいた関係各位のご尽力に対し深甚なる敬意を表します。

 最後に、「継続は力なり」といわれます。今後も関係各位の熱意と愛情をもって引き続き充実した「悟弓」を育てていただきますよう祈念し巻頭の言葉と致します。


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