第43号 悟弓巻頭言

TOP巻頭言集第43号 悟弓巻頭言


七障の気を去る      師範 魚 住 一 郎
                         


 東京オリンピックから四十年、オリンピック発祥地アテネで開催された第二十八回オリンピック競技大会での日本選手の素晴らしい活躍は、日本中を感動と興奮に包み込みました。獲得したメダル総数は三十七個。過去最高のメダル獲得となりました。どんなに小さな試合でも試合に勝つということは難しいことですが、ましてや世界のトップアスリートの祭典オリンピックという大舞台で、失敗が許されない大変なプレッシャーと緊張のなかでメダルを獲得することは容易ではないことは想像に難くありません。

JOCオフィシャルマガジン・オリンピアンの「ゴールドメダリストスペシャルコメント集」のなかで、ほとんどの選手が金メダル獲得を目標として練習してきたので一00パーセント満足ですと答えています。この言葉の裏には、揺るぎない目標意識とそれを達成するための強靭かつ不屈の意志力と行動力を感じます。微塵の迷いもありません。

また、多くの選手が一様に「自分に克つこと」、「自分のプレーをすること」などを心掛けているともいっています。本番では、誰もが中てたい、勝ちたい、うまく射りたい等の色々な思いや、失敗しないように等の不安感が錯綜して緊張します。こうした色々な思いや緊張感が身体能力に影響し、実力を発揮することが出来ず、結果として失敗してしまうことになります。


尾州竹林流四巻の書「初勘の巻」の『七障の気一大事の口伝。喜、怒、憂、思、悲、恐、驚』という項があり、その註解に『七障ノ気ノ事、七障ニ事ナク事ナク限りたる、凡テ煩悩雑念ヲ去ッテ射ヲ行イ、如何ナル晴ノ場所モ又高貴ノ前モ一切心ヲ用イル事ナキ様修養ヲノ意積ムベシト。胴造リノ条ニ言ウ我ハ大日如来ト思ヘト言ウ。只専ラ修養ヲ積ムベシと言う。道歌ニ曰ク、稽古ヲバ晴ニスルゾト嗜ミテ晴ヲバ常ノ心ナルベシ。』と記されております。

これはまさしく自己を没却し平常心で射ることが如何に重要であるかを説いた一節です。よくよく銘記したいものです。

 されば、如何にして自己を没却し平常心で射ることが出来るか。それには、人それぞれのやり方があろうかと思いますが、まず身心のコンディションを整えること。体調が悪かったり気持ちが不安定であったりしては弓どころではありません。また、常に弓・矢・弦・ユガケなど弓具を適正な状況に保つよう心掛けるようにしたいものです。道具の管理が適正でなければ技を生かすことが出来ないだけでなく、場合によっては、筈こぼれや弦切れなど失の原因にもなり、射の運行に支障を来すことになります。これでは安心して行射出来ません。稽古では、いたずらに矢数を重ねるのではなく、「正射必中」の信念を持って、一射一射を真剣に、足踏から残身まで骨法や息合いなど全てに全霊を傾注し、納得ゆくまで行い、体に覚え込ませることが肝要です。こうした稽古の成果を信じて本番に臨み、迷うことなく確信を持って行射に集中すれば、必ずよい結果が得られるのではないでしょうか。

 名大弓道部は、昭和三十四年に創部以来四十五年、当地の伝統的な尾州竹林流の弓法を継承し、数々の優秀な成績を収めてきました。部員の皆さんは、この「七障の気を去る大梧道の精神」で修練を重ね、優秀な伝統をさらに高め、東海はもとより全日本のトップを目指して研鑽されますよう祈念してやみません。


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