第4号 悟弓巻頭言

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  弓射の運行と自然の法則について      師範 魚 住 文 衞
                         

 「弓を射るには、自然的でなければならない」とは、平常よく使われる言葉である。自然的とは、無理がなく合理的ということに通じている。しかしこれはなかなか難しいことであって一朝一夕で出来ることではないが、筆者が常に感じていることを参考のため述べてみたい。

1.動作について

どんな運動々作にも共通していることであるが、人体のうち一部分を運動させる場合、その動かそうとする部分だけの動作ということはあり得ないのであって、外見上は動かない部分が、外見上動く部分に対し、補助的な役割を果たしつゝ、相互に調和し助け合うことによって、一つの動作が円滑に運行されるのである。卑近な例として、歩くときには脚だけが動いて歩くのではなく、腰を中心として上体を中央に保ち、両手を脚の運動方向と反対の方向に交互に振って常に重心を安定させて、脚の運動を助けているのである。

弓射の運行についても同じ道理であって、弓を引くこと自体は左手で弓を押し開く働らきと、右手で弦を引く働らきによって引き分けるのであるが、その両手の働らきは、しっかりとした足踏みや、正しい胴造りという外見上は静止状態でありながら、内面的に充実した動作によって支えられるのであり、寧ろ足踏みや胴造りなどの内面的な動作が主となって、左右両手の外見的な動作を完璧ならしめるのである。

2.心理と動作について

前に述べたように、弓を射るには静止している部分と動く部分がよく調和しなければならないが、これらの静と動とを調和させるには先づ心理と動作の関係を理解することが必要である。即ち一ヶ所へ注意力を集中すれば、他の部分に対する注意力が薄れるというのが心理である。試みに、物を見る場合のことを考えてみよう。全体のうちの一部分(一点)を凝視すれば、その一部分が鮮明に見える反面、他の部分はピントがボケてしまうのである。

また、弓射の場合によく見受けることであるが、肌脱ぎ動作中に上体が動揺したり、右手で支えている弓が大きく動揺するのは、左の肌を脱ぐという動的な部分に意識が働らいて、他の静的な部分への注意力が薄れるからである。従って、動的な部分と静的な部分を調和させて一つの動作を円滑に行なうには、動的な部分よりも寧ろ静的な部分に注意しつゝ動作をすることが肝要である。

3.弓射の運行についての原則について

心理と動作の関係を弓射の運行にあてはめて略記すると次の通りである。

(イ) 縦の軸(足踏、胴造り)が崩れぬように十分注意しつゝ、横の軸を運行(左右の引き分け)せしめること。

(ロ) 左右の軸の運行(引き分け)をする場合には、左手の運動と右手の運動の大きさは、概ね三分の一対三分の二の割合であるから、意識の配分は運動の大きさとは逆に、左手に三分の二、右手に三分の一の割合とすること。即ち尾州竹林流の引分けについての教えにいう“押大め、引三分一”(大三の心)、であるべきこと。

(ハ) 力の配分は、両肩根の緩まぬように、次に両肘の力、次に両手先の順とすることが肝要である。“弓は両肘で引け”と云われているのは、運動範囲の大きい手先よりも、運動範囲の小さい肘や、更に運動範囲の小さい両肩に注意すべきである、との意味を含んでいる。

(ニ) 下半身を主とし、上半身を従と考えて行射すべきである。筆者が常に云う “腹で弓を引け”とは、このことである。腹の力が中心となって全身隅なく力が充満してくるように心掛けて射を運行し、全身の気力が一つに調和した時が離れとなるのである。これが自然の法則と合致する理論である。
蛇足ながら、行射の原則と樹木の育つ自然の法則とを組み合わせてみると次の通りである。

  (A)(樹)根は下へ深く広く張り、幹や梢は天にのびる。
    (射)足の裏は、地面に吸いつき身体(腰から下)が下へ据わるように沈んで、後頭部は天を突く。(天突、地突)

  (B)(樹)根張りの広さと、枝張りの広さは同じである。
     (射)各自の足踏の巾は、各自の矢束と同じでなければならない。

  (C)(樹)根や幹が太く強く育つことによって、枝葉が繁茂する。
     (射)縦軸が安定することによって、左右の横軸を完成せしめる。

  (D)(樹)不自然な根張りや枝張りでは、素直な大木にならない。
     (射)行射の運行のどこかに欠陥(病癖)があれば、正射正中は得られない。

  (E)(樹)枝の先端よりも、枝の元が太く、更に幹の方が太くて強い。
     (射)手先よりも肘の力が強く、肘の力よりも肩の力が強く、肩よりも腹の力が強くなければならない。

 以上、弓射の運行と自然の法則についての所感を述べたが、紙面の関係上説明不足で初学者には理解し難いところもあろうかと思うが、その点は宥恕せられたい。


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